Post-IT・インターネット時代(コネクテッドの時代)では経営と切っても切り離せなくなってきた「デザイン」、そして、その実践において不可欠である「デザイン思考」。
最近ビジネスでもよく聞くようになってきたけど、よく分からないという方が多いのではないでしょうか?
このページではそのような初心者向けに「デザイン」「デザイン思考」とは何か?についての解説します。
私はデザインのプロではありませんが、本・動画・セミナー・実践で「第一線のプロ」から学んだポイントを、私のような一般人向けにまとめましたので、それなりに価値はあるかと思います。
情報量多めですので、時間があるときに読んで頂ければ幸いです。
- 「デザイン」「デザイン思考」とは何かが知りたい
- デザインがなぜ「注目」されているかが知りたい
- デザイン思考の実践法が知りたい
そもそもデザインとは何か?
そもそもデザインとは何でしょうか?
多くの方は、絵だとか車の形状(意匠)のような「モノのビジュアルを作り上げる・整えること」をイメージするのではないでしょうか?
間違いではないのですが、これはいわゆる狭義のデザインです。
様々な人によって色んな解釈がされていますが、「テクノベート時代のデザインと経営~日本交通 川鍋×takram田川×ロフトワーク林×A.T.カーニー梅澤~」の動画における田川さんの解説がしっくりきたので、ここで紹介させて下さい。
田川さん曰く「デザイン」の意味はIT技術・インターネットの登場後に「再定義」されたとのこと。
前後での違いをみていきましょう。
Pre-IT時代のデザイン(狭義のデザイン)
ここでは、IT技術・インターネット登場前のデザインをPre-IT時代と呼ぶこととします。
Pre-IT時代における「デザイン」とは、多くの方が想起するであろう「モノのビジュアルを作り上げる・整える行為」を指します。
グラフィックデザイナー、カーデザイナーなどの「プロダクトの表層」をブラッシュアップして顧客に商品の魅力を訴求する領域を指します。
Post-IT時代のデザイン(広義のデザイン)
一方、Post-IT時代のデザインはどうでしょう?
色んな専門家によって定義づけされていますが、素人の私なりに解釈すると「あらゆる事象の課題を発見・再定義して解決する行為」と言えると思います。
ポイントは三つあります。
- Pre-IT時代と比べて領域がめちゃくちゃ広くなったこと
- 対象は「モノ」ではなく「あらゆる事象」であること
- 「発見・再定義」して「解決」するという二つのアクションが絡むということ
Pre-IT時代の「デザイン」は、いわゆるグラフィックデザイナーなどの「UIを整える仕事」、すなわちマーケティングの4Pにおけるプロダクト(モノ)に関わる人間の仕事とされていました。
一方、Post-IT時代ではマーケティングの4Pにもう一つのPであるユーザー体験(exPerience)が加わり、この5つ目のP(ユーザー体験)、すなわち「UXを設計・実装していく仕事」が現代のデザイナーの領域といえます。
ユーザー体験に関わる全てを取り扱いますので、対象は「あらゆる事象」です。
なぜ再定義されたか?
では、なぜIT・インターネットの登場前後で再定義が必要とされたのでしょうか?
理由は「企業とユーザーの関係性が変わったから」です。
一昔前の企業では、一つの製品を大量生産し、これを「強力なチャネル」を駆使して売りまくる、という戦略が勝ち筋だと考えられてきました。
つまり企業とユーザーは、強力なチャネル(商社・物流・小売)によって分断され、関係が希薄だったと言えます。
一方、Post-IT時代に突入し、IT技術の普及が加速し、特にSaasでよく用いられるサブスクリプション型ビジネスモデル(定額課金)が確立されてきてからは、企業とユーザーの距離が急激に近づいただけでなく、その関係性が「継続的」なものへと変革しました。
Takram田川さん曰く、旧来の売り切り型ビジネスモデルが「恋愛型」だとすると、現代を代表するサブスクリプションモデルは「結婚型」。
語弊を恐れずに言うと「恋愛」は、互いの性格に多少食い違いがあったとしても、外見の好みさえ合えば成立します(表層的なデザインのみブラッシュアップすれば良い)。
一方、「結婚」となれば話は別です。
企業にはユーザー(配偶者)を常に喜ばせる努力が求められます。
これを継続的に成立させるには、狭義のデザイン(モノのビジュアルを作り上げる・整える行為)のみでは事足りず、広義のデザイン(ユーザー体験を設計・実装)が求められようになったのです。
狭義のデザインも広義のデザインも共存させる必要あり
一点補足が必要です。
Post-IT時代に突入し、広義のデザイン(ユーザー体験価値を向上させる行為)が突然変異的に発生はしたものの、狭義のデザイン(モノのビジュアルをブラシュアップする行為)は残っていますし、今後も必要とされています。
後述しますが、強力な企業は「狭義のデザイン」と「広義のデザイン」を上手くミックスさせた上で顧客訴求力の最大化を図っております。
デザインの効果
デザインの定義、なんとなく分かりましたでしょうか?
次は、デザインを駆使することでどうビジネスが変わるのか、について説明します。
経済産業省の「デザイン経営」宣言によると、デザインへの投資は「企業価値向上に直結する」、と結論づけられています。
「デザイン経営」は、そのリターンに見合うだろうか。各国の調査は「YES」であることを示している。欧米ではデザインへの投資を行う企業パフォーマンスについての研究が行われている。それらはデザインへの投資を行う企業が、高いパフォーマンスを発揮していることを示している。例えば、British Design Councilは、デザイン経営に投資すると、その4倍の利益が得られると発表した。
経済産業省・特許庁 「デザイン経営」宣言より
1ドルの投資に対して利益は4ドル向上するとのことで、その高い投資効果から多くの企業にとって無視できない要素になりつつあると言えます。
Pelotonの例
とは言えど「経産省調べ」のみでは腑に落ちないという方もいるのではないでしょうか?
そこで、デザインを有効活用している企業の例を紹介します。
Pelotonという会社です。
この会社は、ディスプレイ付きエアロバイクを取り扱う米・スタートアップ企業です。
Pelotonは、Saas plus a box (モノ売り+定額課金)というビジネスモデルにデザインを上手く落とし込むことで、創業後3年間で企業価値を約5000億円まで高めたモンスター企業です。
この会社は何を行ったのでしょうか?
ポイントは二つです。
まず彼らが行ったのが、エアロバイクそのものに強烈な狭義デザイン(表層のブラッシュアップ)をあて、エアロバイクのインテリア(モノ)としての価値を高めて、顧客訴求力を高めたことです。
これにより、通常のエアロバイク(約2万円)より10倍高い20万円という攻めたプライシングを実施できました(高いのにめちゃくちゃ売れる)。
次に、彼らは広義のデザイン(ユーザー体験価値の最大化)を取り入れ、エアロバイクユーザーの体験価値とは何かを見直しました。
デザイン思考を取り入れ、ユーザーニーズの仮説を立てアイデアを練り上げたことで多くのエアロバイクユーザーが「家に居ながらにして(楽をしながら)、フィットネスジム相当の臨場感とユーザー同士のつながりを感じたがっている」というニーズを持っていることを発見しました。
そこで、Pelotonは定期的にエアロバイクメニューのコンテンツアップデートを行い、更にユーザー同士が繋がりを作れるような仕掛けを搭載し、ユーザー体験価値の最大化を図りました。
継続課金モデル(サブスクリプション)を活用したビジネスでは、KPIとして解約率が用いられますが、一般的な優良企業でさえ3~4%をさまよっている所、Pelotonは脅威の1%以下という数字を保っています。
これは、広義のデザインの力を取り入れ、ユーザーニーズを正しく開拓し、継続的なコンテンツアップデート、ユーザー同士の強固なコミュニティを形成したことで成し得たと言えるでしょう。
デザイン(クリエイティブ)人材の力
デザインの効果が分かり、勉強意欲が湧いてきたのではないでしょうか?
次にデザイン(クリエイティブ)人材の力とは何なのか?を紹介いたします。
先ほどと同じく経済産業省の「デザイン経営宣言」を引用させてもらいます。
観察力(顧客ニーズの発見を主導)
デザイン人材は観察の達人です。
デザイン人材はユーザーの行動観察を通して誰もが見落としていたニーズを発見します。
例えば歯磨き粉のチューブ。
以前までの歯磨き粉チューブは中のペーストをしごき出さないと最後まできれいに使いきれませんでした。
朝の洗面所で誰しもが、このしごき出し作業に多くの時間を取られた経験があるはずです。
しかしその一方で、ほとんどの方は「歯磨き粉チューブはこんなものだ」と、この現状を受け入れていたはずです。
一方、デザイナーは異なります。
洗面所での行動観察を通して、忙しい朝にこんなことをしたくないはずであるという課題に気づき、自立型チューブを開発しました。
蓋を大きくし、ペーストの粘り気を減らし、チューブの内壁をつるつるにしたことで、逆さに立てればペーストが勝手に垂れ流れてくるようなデザインとしました。
これによって、多くの方にとってのイライラの根源を無くしたのです。
以上のようにデザイナーは観察を通して、誰しもが受け入れていた現状を劇的に改善し、イノベーションを主導する力を有します。
プロトタイプ力(言葉にならないモノを形にして開発サイクルを加速)
デザイン人材は、観察の達人であるとともに、プロトタイピングの達人でもあります。
一般の製品・サービス開発では、企画会議を幾度も経てようやく基本設計に着手します。
しかし、このプロセスには長い時間を要し、技術変革のスピードが速くなった現代には合いませんし、何よりユーザーニーズに寄り添った提案が難しくなります。
ではデザイン人材はどうでしょうか?
デザイン人材は、ユーザー行動観察を通して気づきが得られたら、「すぐに」製品・サービスのプロトタイプを試作します。
この「すぐに」というのが大事です。
プロトタイプが出来上がったら、テスト施設や顧客を相手に検証し、ここで得られた気づきを設計にフィードバックすることでアイデアの成熟度をぐんぐん高め、イノベーションへと繋げます。
このプロトタイピングを用いた手法は、独りよがりな製品開発を阻止するだけでなく、ゴールの見える化(明確化)に貢献し、チームの開発サイクルを加速させることに繋がります。
デザイン思考を身につける
デザイン・デザイン人材についての理解は深まりましたでしょうか。
ここからは本題の「デザイン思考」について学んでいきましょう。
デザイン思考とは、世界有数のデザインコンサルティング企業である「IDEO」によって提唱された「創造的課題解決」のためのフレームワークです。
このフレームワークを使うことで、デザイナーでは無い人でも同等の思考プロセスを辿ることが出来ると言われています(あくまで「思考プロセス」のみですのでデザインの質は別問題)。
デザイン思考のポイントは「人間・体験・課題中心」のアプローチであるということです。
HBSのマーケティング界のレジェンド・レビット氏が「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく『穴』である」と言ったように、「顧客が欲しいものは何か?」、「顧客の真の課題は何か?」をとことん突き詰めるという考え方です。
従来の技術者であれば「どうやったらドリルの性能を上げられるか?」と考える所、デザイン思考の活用者はこんな考え方をします。
- そもそも穴は必要か?(その裏にあるニーズを探る)
- 最初から開けておけば良いんじゃないか?
- ドリルより良いツールはないか?
このように考えることで、本質的な課題に向き合え、時には破壊的なイノベーションに繋がります。
漸進的イノベーションと破壊的イノベーション
ちなみに「どうやったらドリルの性能があげられるか?」を考えるプロセスは漸進的イノベーション(連続的な改善)と呼ばれ、日系企業が昔から得意とする分野でした。
しかし、テレビやパソコン、カメラ、洗濯機などのプロダクトの性能が飽和した昨今、ユーザーは漸進的イノベーションに興味がなくなりつつあり、カメラの画素数向上やテレビの薄さを追求する改善は「技術者の自己満足」でしかなくなってきたと言えます。
日系家電メーカーが苦しんでいるのはこの漸進的イノベーションに囚われ、「ユーザーの真の課題は何か?」を追求する姿勢が足りていないからと言えます。
破壊的イノベーションを生み出しうるデザイン思考とはどんなフレームワークなのでしょうか?
ステップを一個ずつみていきましょう。
ステップ
IDEOが提唱するデザイン思考は下記の5ステップから構成されます。
- 共感 (Emphasize)
- 問題定義 (Define)
- 概念化 (Ideate)
- プロトタイプ (Prototype)
- テスト (Test)
(1) 共感
観察を通してユーザーの行動を理解し、寄り添い、何が問題なのかを見つけるステップです。
しばしばインタビューと同じと勘違いされるのですが、全く異なります。
ポイントは下記の通り。
- 現場に行く(ユーザーについてまわる、実際にやる)
- 自分の解釈を入れない
- 全てに疑問を持つ
- ユーザーの声は聞かない(バイアスがかかっているため)
共感ステップでは、いかに観察対象の気持ちに寄り添えるかがポイントです。
どの程度共感すべきか?について説明するため、国際的に著名なデザイナーであるパトリシア・ムーア氏の事例を説明します。
彼女は 1979年~82年の間、 「高齢者」の消費者行動・ニーズを探るため、80歳を超える老人に返送して外出するという試みを行いました。
特殊メイクで皮膚年齢を上げ、猫背を装い、歩きにくくするために両足に重りをつける。
この位徹底して外出したことで、世の中のインフラがいかに老人にやさしく出来ていないかが体感でき、自身の作品の説得力を向上させていったそうです。
(2) 問題定義
共感で得られたユーザーのニーズや問題点から解決すべき課題を定義づけるステップです。
本ステップでのポイントは下記の通り。
- 共感での気づきをリストする(五感で感じたことすべて)
- ユーザーの感情から学んだこと(インサイト)を抽出する
- インサイトを基に課題(ニーズ)を定義づける
個人的にはデザイン思考の中で最も重要なステップであると感じています。
なぜそう思うのか?
ヒューストン空港の事例を用い、「課題設定を誤ることの怖さ」について説明します。
ヒューストン空港では、乗客が飛行機から降りてからの手荷物引渡場での待ち時間が「平均12分」を超え、これがクレームの原因となっていたそうです。
空港の運営陣は解決のため、経営コンサルティング会社に対策の立案を要請しました。
そこで出てきた案(オペレーションの見直し、人材投下)を取り入れた所、待ち時間は「2分短縮」されました。
ここは、さすが「経営コンサルですね~」と言いたい所ですが、一方で肝心の「クレーム」は「一向に減りません」でした。
その後 、空港運営陣は、デザインファームに本問題の解決を依頼したようです。
そこで出されたソリューションが「飛行機から手荷物引渡場までの距離を長くして、わざと遠回りさせる」でした。
これにより手荷物場での待ち時間が減り「クレームが激減」したそうです。
本事例におけるデザインファームと経営コンサルの違いはなんでしょうか?
これは課題設定の違いです。
経営コンサルは「時間短縮」を課題とし、デザインファームは「クレーム根源の除去」を課題としました。
経営コンサルは設定した課題に対して適切な解決案は出せたものの、課題設定を誤ってしまったことで、肝心のクレーム削減を達成できませんでした。
デザインファームは徹底的な観察から「クレームの根源=待たされ感」ということを知り、最も効率的な方法として「手荷物場までの距離を長くすること」を選択しました。
一休さんもびっくりの屁理屈感を感じますが、ユーザーの課題に寄り添うことの大切さが分かりますね。
(3) 概念化
課題解決に繋がるアイデアを絞り出すステップです。
本ステップのポイントは下記です。
- 自身のリミッターを外す。創造性を膨らませる
- ブレインストーミング(ブレスト)の手法を取り入れる
- できれば様々なバックグラウンド(視点)を持った人と考える
- 時間の制約をつける(だらだら考えない)
人が集められる状況にない方は以下の記事がおすすめです。
また、ブレストのやり方については別途記事を書こうと思いますのでお楽しみに。
(4) プロトタイプ&(5)テスト
概念化で絞り出したアイデアを具現化し(プロトタイピング)、テストを通じて新たな気づきを得るためのステップです。
本ステップのポイントは下記の通り。
- すぐプロトタイプを作る(悩まない)
- すぐ使ってもらう(五感で感じてもらう)
- フィードバックをもらう
プロトタイピングは幾つか手法がありますが、これらの説明は以下の記事に譲ります。
おすすめの本
デザイン思考が世界を変える
デザイン思考の総本山「IDEO社」のCEO・Tim Brown の著書。
ネットフリックスやTwitterのUXデザインの成功例など、最新事例が沢山盛り込まれた名著です。
実践スタンフォード式デザイン思考
デザイン思考の実践に重きを置いた内容です。
実務に落とし込みたい方向けに書かれた本で、デザイン思考の考え方やスキルを会得できる構成となっています。
まんがでわかるデザイン思考
活字が苦手な方も大丈夫です。
この本を読んでおけばデザイン思考のノウハウ、活用法が理解できます。
めちゃくちゃ分かりやすいので初心者におすすめです。
おすすめの動画
GLOBIS知見録の動画がおすすめです。
2時間と長いですが、「デザイン思考」「デザイン経営」を抑えたい方は、一つ目のTakram・佐々木さんの動画を是非観て下さい。
必ずや刺激を受けると思います。
まとめ:実践が大事(ワークショップ≠デザイン思考)
デザイン思考と聞くと「あ、ワークショップね」と思われる方がおりますが、これは間違いです。
デザイン思考はあくまで人間中心(ユーザーセントリック)な観点から課題定義・解決を行うためのフレームワークです。
デザイン思考=ワークショップと思う方が多い理由は、ワークショップ形式でデザイン思考のプロセスを学ぶ研修が多いからです。
デザイン思考は実践してナンボですので、この記事を読んだ方は、おすすめ本やおすすめ動画の事例を参考に、まずは実務に落とし込んでみて下さい。
プロダクトやサービスデザインに携わっていない方でも「業務改善」など、デザイン思考を活用できる場面は色々あります。
以上、最後まで読んで頂きありがとうございました!